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KAGURAZAKA・想い

第7回 神楽坂店主リレー取材

心まで満たされるような、ほっとする空間でありたい。

レストラン トリノ
二代目
赤平 匡正さん

7回目となる今回、「いいだばし萬年堂」の店主、樋口秀徳さんよりバトンを引き継いでいただくのは、「レストラン トリノ」の2代目店主、赤平匡正さんです。

50年ほど前から洋食店を営業されているレストラン トリノさん。そのルーツはハイヤー業で、1928年から続いています。
時代とともに神楽坂の潮流を見守ってきた情緒ある街の洋食屋さんにお話を伺ってきました。

レストラン“トリノ”の始まりを振り返る

開店当時のレストラン トリノさん

―お世話になっております、東京平版です。よろしくお願いいたします。まずはレストラン トリノさんの歴史やお名前の由来を教えてください。

〈赤平さん〉名前の由来は、車好きだった先代が車の街と言われるイタリアのトリノから名付けたことや、先代が酉年(昭和8年)産まれだったからなどと聞いています。

―では当時のお店もイタリアにあるような雰囲気だったのでしょうか?

 イタリアのトリノで実在したバルを模したという話を聞いた覚えがあります。当時はレンガ造りで、いわゆる純喫茶店のような佇まいでした。現在の店舗は移転した後の建物で、以前の店舗から50mほど離れた場所にあります。

―50年前の印象はどうだったのでしょうか?

 当時はあまり喫茶店がなかったので、おしゃれを楽しみたい方やタバコを吸う方が多くいらっしゃったようです。ほかにも近隣の学生さんやお勤めの方など、幅広い層のお客様が利用され、ちょっとしたコミュニティになっていたようです。

―レストランを開かれる以前はハイヤー業をされていたそうですが、当時のお話などはご存知でしょうか?

 先代は根っからの車好きだったこともあり、明治大学進学後に自動車部に在籍していました。飲食店を開くまでは家業を継いでハイヤー業を営んでいて、その後神楽坂地域が賑わいを見せるなか、洋食店を開いたという流れです。

―モチーフであるフクロウがとても印象的ですが、どのように誕生したのでしょうか?

 先代は交友関係が広かったので、知り合いのデザイナーさんに頼んだのかもしれません。フォークに乗っていることが特徴で、長く愛用しています。フクロウが縁起の良い鳥であることや、語呂合わせで「不苦労」を目指したいという思いから生まれたようです。

神楽坂の移り変わりと街の魅力

トリノさんの歴史が詰まった一角

―神楽坂の街について、どのような印象をお持ちですか?

 多種多様な人々が集まる街という印象があります。学校も会社も多くあり、昔から住んでいる方も多いですね。また、皇居や外堀公園が近いので自然も多く、東京でも四季を楽しめる場所だと思います。桜の季節は九段下から外堀通りを歩いてお花見を楽しまれる方々も多いですね。

―外堀通りの桜は素敵ですよね。では、神楽坂地域での思い出はございますか?

 今では平日休日ともに賑わう神楽坂ですが、以前は個人店が多かったので日曜日はお休みの店が多くありました。子どもの頃は神楽坂下の傾斜がなだらかな場所で、キャッチボールや鬼ごっこをしていました。現在の街の雰囲気からは伝わりにくいかもしれませんが、当時は子どもが休日に遊んでいても違和感がないような、いわゆる昭和の街並みが広がっていましたよ。すぐ近くの軽子坂でスキーやそり滑りをした思い出もあります。

―今と違って、穏やかな雰囲気だったんですね。

 ゆっくりとした雰囲気はありました。人の往来が多くて賑やかな感じもいいと思いますが、今は前よりもちょっと大人の街になった印象ですね。

クラシックカーとお客様への想い

名物 BIGチキンカツ。カツの直径は25cm以上!

―店頭に飾ってあるクラシックカーについて、お話を聞かせてください。

 先代が進駐軍の方から購入したと聞いています。1951年製のMG-TDというイギリス車です。牛込警察署の交通安全パレードでも使われ、一日署長になられた方々にも乗っていただきました。私も幼稚園の送り迎えで度々乗せられて、嬉しいような恥ずかしいような思い出があります。

―個人的にはとても羨ましいです(笑)

 今はエンジンがかからないのですが、先代が大切にしていた思い出の車なので修理して動くようにしたいと思っています。数年前、この車の修理をやったことがある方とのご縁もあったので、時間がかかっても動かせるようにしたいですね。クラシックカーが好きな方は店先を通ると写真を撮られたり、車について質問してくださったりします。この車がお店を印象付けるものになっているので、飾るだけでなく動かせたらいいなと思います。

―名物のチキンカツがとても大きくて驚きましたが、いつどのように生まれたのですか?

 メニューとしては現在の店舗に移転してから作られました。当初は今ほど大きくなかったと思うのですが、お客様からも「前より大きくなったよね」と言われるほど、年々大きくなっている気がします。インパクトがあるので撮影される方も多いですね。大きさの理由は、お腹をいっぱいにしてほしいという想いがあったからです。何か辛いことがあっても、お腹がいっぱいであれば幸せな気持ちになれるので。

「また来たい」と思ってもらえる居心地の良さを目指して

優しい雰囲気が漂う店内

―では、ご商売において大切になさっていることはなんでしょうか。

 もっとも大切にしているのは「お客様の居心地の良さ」です。肩肘張らずに気軽に来ていただける環境作りを心がけています。また、先代から「商いは飽きことのないように」と言われていたので、常にお客様のためになることを考えたり、「〇〇したい、〇〇できないですか?」などのご要望に添えるよう試行錯誤しています。

 コロナ禍で飲食の見直しなどはあると思うのですが、できることは全力で取り組んで、お腹だけでなく心も満たされてほしいと考えています。それはおそらく先代も一緒だったと思います。

―先代であるご両親の考えを受け継いでいるのですね。

 先代は夫婦ともにお客様とよくお話をしていて、食事だけでなくコミュニケーションで心も満たしてほしいという想いを感じることがありました。なのでその想いもしっかりと継承して、私なりのアプローチでお客様と接するようにしています。根底にあるのは「ほっとしてもらうこと」ですね。ここのお料理を食べたり、ここに来たりするとほっとするんだよねって言っていただけると、嬉しく思います。

―これからの神楽坂の街や地域に期待していることはございますか?

 歴史のある街ですが、新しいお店様も増えていますので、古きも新しきも上手く融合して調和の取れた街になってもらいたいです。それぞれ価値観は異なりますので難しいところはありますが、これからももっと盛り上がっていって欲しいです。多様な人々が集まっていて面白い街だなと思いますし、少し歩くだけでもいろいろなスポットや自然がありますから、多様な価値観を理解しあ合えるような街になればいいなと思っています。

―創業100年を目指して、何か目標はございますか。

 100年を迎えるまであと7年〜8年。日々商売と向き合っていますが、特にこの1年〜2年は多くのことを考えさせられましたね。来てくださるお客様への想いはもちろん大切にしていますが、経営していくにあたってその想いだけではできないこともありました。

 ですが、私の中で100年はあくまでも通過点であり、これからも頑張るのと同時に変えていきたいこともあります。具体的には飲食店という形にとらわれず、さまざまな活動ができる場所にリニューアルをしていきたいと思っています。例えば、40名〜50名様が入れる地下のスペースを舞台などの発表の場にしてみるとか、落語などの古典芸能を楽しめる場にするとか。より気軽に足を運んでいただける場所を作れたらいいですね。飲食プラスアルファで楽しめる空間にしていきたいと思っています。

―ジャンル問わずそういった発表の場が設けられるのは、多様な価値観が融合しあっている神楽坂の地域らしくてとてもいいですね。今後が楽しみです。

お腹だけでなく心も満たされてほしい。そんな素敵な空間を作りたいと笑顔で語ってくださった赤平さんからは、先代が大切にしてきた想いをしっかりと受け継ぎ、今後を見据えた強い意志が伝わってきました。これからも、ほっとするような素敵な洋食屋さんであって欲しいと願っています。ありがとうございました。

コロナ禍での取材のため、取材先が変更になる場合がありますが、今後も神楽坂の店主様のバトンを繋いでいきたいと思います。
次回もどうぞお楽しみに。

レストラン トリノ

〒162-0824 東京都新宿区揚場町1-3 グロリアビル1階
電話:03-3269-5555
FAX:03-3235-0055

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