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KAGURAZAKA・想い

第1回 神楽坂店主リレー取材

商売人どうし協力して 街を盛り上げていきたいよね。

毘沙門せんべい福屋
店主
福井 清一郎さん

神楽坂の粋な店主に会いたい。
聞かせてもらいたい、街への想い、人への想い、生業への“想い”。
そして店主から店主へ、“想い”のバトンを繋いだら、
神楽坂の魅力にもっと触れることができるかもしれない・・・
そんな東京平版の“想い”から始まった新連載です。

店主リレーのトップを飾っていただくのは“毘沙門せんべい福屋”の店主、福井清一郎さん。

神楽坂のランドマーク的存在ともいえる毘沙門天の目の前にお店を構えて69年。2代目店主にして、神楽坂通り商店会長でもいらっしゃいます。

ーはじめまして。東京平版です。ご近所ですが改めてこうしてお話させていただくのは初めてですよね。

〈福井さん〉こんにちは。東京平版さんはもう随分昔からずっと神楽坂ですよね。

ーそうなんです。我々、東京平版は昭和14年に創業しているのですが、ご近所との接点をあまり持たずにおりまして…。こんなに歴史深い街で営んでいるのになんてもったいないんだ!と奮起しての連載企画なんです。

〈福井さん〉良い試みですね。応援しますよ。

ーさて、店主リレーのトップランナーをお願いさせて頂くのですが、改めて 毘沙門せんべいさんのヒストリーを教えていただいても良いですか?

〈福井さん〉うちはもともと和菓子屋さんだったんですよ。和菓子とおせんべい両方やってまして。昔はここ(お店の奥)が厨房で、私も若い頃は和菓子作りも手伝ってましたよ。

ーそれは意外でした。そこからなぜおせんべい専門店に?

〈福井さん〉和菓子はあんまり売れなくて、それだけですよ(笑)  私は家業は継ぐもんだと思ってましたから、大学を出た後にすぐに継ぎました。迷いはなかったですよ。そこからはもうせんべい屋ひとすじ。

神楽坂に生まれ育って…見えてくるもの

ー生まれも育ちも神楽坂で、街の変遷をずっと見て来られたのですね?福井さんから見られて神楽坂はどんな街ですか?

〈福井さん〉トピックの多い面白い街ですよね。何しろ歴史が深いので。徳川幕府が来た400年前から栄えた江戸の街と言われてますが、本当はそれよりもずっと古くて、900年も前からあった街なんですよ。もともとあった街に徳川幕府が譜代大名を置いていった。外様大名ではないというところがポイントですよね。徳川家光もそこ(神楽坂通り)を歩いていたんですよ。

地名から歴史が見えてくる神楽坂

ーそんなに古い街だったのですね。神楽坂は町名や坂の名前なども印象的ですね。

〈福井さん〉そうですね。東京平版さんのある「箪笥町(たんすちょう)」は戦に備えた武器を置くタンス、いわゆる引き出しを置いていた場所という由来なんですよね。

ーそこだけは弊社の名誉にかけて調べた事があるんです(笑)。弊社のブログでも書いてみました。

〈福井さん〉新潮社のある「矢来町」、あれは戦のための矢立(矢を準備する場所)があった場所ですしね。この辺の地名の由来は本当に面白いですよ。地名がつけられたのは徳川幕府が来てからですけどね。

ーあとは神楽坂といえば花柳界のイメージが強いですね。

〈福井さん〉花柳界の発祥は、江戸時代の後期ですね。いま神楽坂アインスタワーが建ってる場所には、鎌倉時代から続く“行元寺”という広大なお寺(※明治40年に西五反田へ移転)があって、江戸時代には境内の一部を町家や武家に貸し出して賑わっていたんです。その一部で遊興の場所として栄えたのが神楽坂の花街の発祥です。行元寺や、早稲田の穴八幡宮などは、江戸時代の仏閣巡礼コースとして江戸庶民の人気スポットだったんですよ。

【神楽坂は敷居が高い街?】

ー花街の印象が強いからか、敷居が高いとか、一見さんは入れないお店だらけなんじゃないか?など、神楽坂にはちょっと手強いイメージを持つ方も多いようなのですがいかがでしょうか?

〈福井さん〉確かにちょっと特殊な街ではありますよね。あちこちに人間国宝級の方が住んでいますし、長唄や鼓や琴などの伝統芸能のお師匠さんたちがたくさん生活していますからね。神楽坂は早稲田文学の発祥の地とも言われていまして、松井須磨子さんと島村抱月さんがやっていた芸術座の劇場も神楽坂の横寺町にあったんですよ。今はなくなりましたけどとっても前衛的な造りで、真ん中に舞台があって上から360度見下ろせる形が当時とても斬新でしたね。

ー文化的な人々が吸い寄せられるように集まる街なんでしょうか?

〈福井さん〉自然と集まるのかもしれないですね。でも商店街自体はいたって普通の穏やかな雰囲気ですよ。最近はテレビドラマや雑誌の特集なんかの影響もあってか海外からの観光客も増えています。活気があっていいですよね。

名物“勘三郎せんべい”ができるまで

▲勘三郎煎餅

ー福屋さんといえば“勘三郎せんべい”で有名ですが、由来を教えてください。

〈福井さん〉17代目中村勘三郎丈がよく神楽坂にいらしてたんですよ。それでうちのせんべいを贔屓にしてくださっていたのですが、このせんべい、けっこう黒いでしょ?(勘三郎せんべいを手にしながら)私の親父が焼いている前で、勘三郎丈が、もっと焼けもっと焼けってリクエストなさるんですよ。なんでも焦げたせんべいが大好物らしくて。こんなんじゃ真っ黒になっちゃいますよって言っても、構わないから焼けって言うんです(笑)。それで、私がめっちゃめちゃ真っ黒焦げになったおせんべいを持って行きましたら、「さすがにこれは食えねぇな」って言われたりね(笑)

▲おせんべいに添えられるのは勘三郎丈とのエピソードが綴られたカード。
洒脱な文章は福屋初代店主によるもの。

そんなわけで、勘三郎丈がいつ来られても焦げたせんべいがあるように「先生用」と書いた瓶に入れて保存してましたら、それを見た他のお客さんが「何枚かくれないか」って。そこから名物になったんですよ。そのせんべいを18代目中村勘三郎丈も好きでいてくださって、17代目勘三郎丈の13回忌では引き物用に800セットもご注文いただきました。あの時は家中総出でもう大変でしたよ。18代目勘三郎丈の息子さんの勘九郎丈も小さい頃からお父さまと一緒に買いに来てくれていましたからね。嬉しいですよね、うちのせんべいがこうして世代を繋いでくれているのかと思いますと。

神楽坂商店会長として伝えたいこと

語りぶりに神楽坂への愛が溢れる店主の福井清一郎さん。(商店会が発行した神楽坂マップを手に)

ー福井さんはもう15年も神楽坂商店会長を務めていらっしゃるのですよね?加盟店は全部で240店舗以上もあるとか?正直ご苦労も多いのでは?

〈福井さん〉それがみんな仲良しで、そんなに大変なこともないんですよ。神楽坂にはいくつかの商店会がありましてそれぞれが独立しているんです。どこも頑張ってますよ。景気の浮き沈みはありますけど、商売人どうし協力して街を盛り上げていきたいですね。

ー今日は素敵なお話をたくさん聞かせていただきどうもありがとうございました。では店主リレーということで、次にバトンを渡す店主をご紹介いただけますか?

〈福井さん〉うちの並びの“相馬屋”さんはどうですか?なにせ300年の歴史ですから、うちよりもっと面白い話がいっぱい聞けると思いますよ(笑)  今の店主のお父さまと私が仲良しでしたから、どうぞよろしくお伝えください。

初代店主と17代目中村勘三郎丈とのエピソードがつまった勘三郎せんべいを手土産にお店を後にした東京平版。ピリッと焦げ味の効いたせんべいは、“ウィットの利いた街・神楽坂”を体現しているような深い味わいでした。

毘沙門せんべい福屋

東京都 新宿区 神楽坂 4丁目2
FAX03-3269-3388
fukuya@kagurazaka.net
URL:http://www.kagurazaka.net/sub1.htm

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