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KAGURAZAKA・想い

第3回 神楽坂店主リレー取材

うなぎは伝統食。普通のうなぎを普通にお出しすることが使命。

かぐら坂志満金
六代目
加藤 正さん

第3回目に突入しました神楽坂店主リレー。
相馬屋源四郎商店の11代目店主、長妻直哉さんよりバトンを引き継いでいただくのは、うなぎ割烹「かぐら坂 志満金」の6代目店主 加藤正さんです。

神楽坂で創業されて150年。夏目漱石や泉鏡花の小説にも登場し、神楽坂では言わずと知れた老舗うなぎ屋さんです。日本のソウルフードとも言われるうなぎ一筋でグルメな人々の舌を唸らせてきた志満金さん。器の秘密、お店の歴史、神楽坂に根ざしたご商売だからこそ見えてくる視点、などなど、うなぎ大好きの東京平版が迫らせていただきました。

うな丼からうな重へ。うなぎに歴史あり。

相馬屋源四郎商店「長妻さん」おすすめの肝煮!

ーいつも美味しく頂かせております、東京平版です。前回ご登場いただいた相馬屋源四郎商店の長妻さんが大ファンでいらっしゃるという「うなぎの肝煮」が食べたくてすでにウズウズしています(笑)

〈加藤さん〉それはどうもありがとうございます(笑)。どうぞ今日は召し上がってくださいな。

ーえぇ!いいのですか?申し訳ないですが、では遠慮なく…いただきます。
[以下恐縮ながら、うな重と肝煮を食べさせていただきながらの取材となりました。]

〈加藤さん〉いまお重でうなぎをお出ししましたが、実はお重というのは本来ご飯を入れるものではなかったってご存知でした?

ーいえ、全然知らなかったです。

〈加藤さん〉重箱はもともとおかずを入れる容器で、白米は丼に入れるものだったのです。なのでうなぎといえばもともとは丼に入れて食べるのが慣わしでした。

ところが江戸時代に、うなぎ蒲焼を持ち帰るために重箱に入れる時にちょっと考えた人がいまして、ご飯の間に蒲焼きを敷き詰めよう、と。そして持ち帰ったあとはうなぎだけを食べてご飯はさよならしていたそうなんです。ここでいっそご飯も一緒に食べてみたらタレのかかったご飯が予想外に美味いじゃないかと。これがうな重の由来なんです。なのでうちも昔はすべて丼でうなぎを出していたのですよ。

常連様ただ一人だけに御提供されている、貴重な丼。

そんな由来があったとは驚ーきです。昔使われていた丼は今も残っているのですか?

〈加藤さん〉実は3つだけ残っています。このことを知っているのも大昔からの常連さんただ一人だけなんです。その方はもう90歳を超えられたご高齢なのですが、ご来店くださった時には敬意を込めて丼でお出ししています。こういう有田焼で手書きの絵付けがある丼は今は少ないのですよ。絵付け師がそもそもいないのでプリントものばかりになってしまって。

ーそれは老舗ながらの素敵なお話ですね。こちらの美しい重箱にも何かこだわりがあるのでしょうか。

〈加藤さん〉こちらは螺鈿(貝を砕いたもの)が施されているところがこだわりですね。でも今はもう螺鈿師もいなくて、なかなか発注も難しいです。昨年やっと螺鈿師さんを見つけまして発注できましたが、本物の漆は出来上がったあとに1年乾かしてお酢で洗ったりなど、使用するまでにもまた年数を要するんです。でも先先代が美しいものにこだわりを持つ人だったので、私もできる限り美意識を引き継いでいきますよ。

商売は人と人との結びつき。

親戚の方から仕入れてうなぎは、毎朝6時には届けらているためとても新鮮です。

ー加藤さんで6代目。家業を継がれてどんなことを感じていらっしゃいますか。

〈加藤さん〉私が父から家業を継いで感じていることは、「お客さんは人につく」ということですね。料理が商売ですが料理だけじゃない。あの店主に会いたいとか話したいとか、やはり人と人との結びつきが商売なんですね。本当に厳しく怒られたお客様がとても良く贔屓してくださるお客様になったり、とかく縁は不思議なものです。父から私に代が変わってお客様も多少変わりましたが、それで良い、商売とはそういうものなんだと私は思っています。

ー加藤さんから見られて食のご商売はどんなものですか。

〈加藤さん〉食べ物商売はどこも零細です。我々のような仕事はホスピタリティ産業と呼ばれるのですが、その語源はホスピタル(=病院)からきています。見返りを求めない奉仕の意味。好きじゃないとできない仕事です。そんな私たちにとっては、お客様に美味しいと言っていただけることが何よりもの糧なのです。美味しいの一言は本当に嬉しいですね。

ーいま頂いていますうな重も肝煮も本当に美味しいです。志満金さんのうなぎは大きくてふっくらしていてとても贅沢なお味です。

神楽坂いまむかしー変わってほしくないもの

ーところで生まれも育ちも神楽坂の加藤さんから見られて今の神楽坂はどう感じられますか?

〈加藤さん〉ここ20年で新しい人がどっと増えましたね。坂一本だった町が横に広がって。それが広がりにもなるけど、あんまり広げて欲しくないような裏腹な気持ちがあるんです。町が有名になったり賑やかになることはありがたいですが、週末はどこかの海水浴場?というくらい混みますよね。ちょっと日が暮れてからしっぽり飲む、みたいな風情はなくなっちゃいましたね。昔は神楽小路を入ると、子供ながらに入っちゃいけないなと感じる秘密めいた一角があったんです。そこも今は綺麗に開発されてしまいました。

ー「ここに勤めている人がここには暮らしていない町になってしまった」と相馬屋の長妻さんもおっしゃっていました。

〈加藤さん〉その通りですね。あとは町に料亭がなくなったのは寂しいですね。私が小さい頃はお風呂がなかったので熱海湯まで毎日通っていたのですが、その通りの料亭前にはいつもハイヤーが数珠繋ぎになっていました。おかげで熱海湯にたどり着くのに大変な思いをしたことも今では思い出ですね。今は神楽坂の料亭は4件、芸者は20人くらいしかいなくなってしまいましたね。

ー神楽坂で変わってほしくないものはありますか?

〈加藤さん〉なくしたくないものは下町気質ですね。小さな町ですから、みなさんご近所と力を合わせて仲睦まじくやっていければと願っています。

志満金に代々伝わる家訓

武者小路実篤さんの絵画が店内に飾ってあります。

ーご近所付き合いを大切になさる先代のお姿をごく自然に見て育たれたのですね。そんな志満金さんに代々伝わる家訓などはあるのでしょうか。

〈加藤さん〉「困難汝を玉にす」ですかね。父がよく言っていた言葉です。苦難が人を強くする、色々な苦難に耐えなさいと。食に限らず客商売はみんなそうですよね。エンドユーザーと対する時はなんでも起こり得ます。ましてや消費者が強い時代です。かと言ってなんでも聞けばいいというわけではないですよね。モラルにあったものかどうか判断するのも自分、つまりは自分が後ろ指指されないようにすれば良いのかなと。でもお客様との出会いは全てがチャンスなんですよ。私はそう考えています。

ー非常に心に沁みました。私たちもそんな心がけでお客様との出会いを大切にお仕事していきたいです。

うなぎは日本の伝統食

ーところでさっきからいただいているうな重が美味しすぎます!どうしてこんなに美味しいのでしょうか。

〈加藤さん〉それはよかったです(笑)。よく「どんなうなぎを目指していますか?」なんてご質問を受けるのですが、私は普通のうなぎを当たり前のように普通にお出しできればと思っているだけなんですよ。うなぎは日本の伝統食ですのでこれにどうこう手を加えることはできません。今の味の伝統を守ることが私の使命だと思っています。

ー普通のことは実はとても難しいのですよね。それは万事に通じることかもしれませんね。

〈加藤さん〉ところで今お座りになっているお席は田中真紀子さんの指定席なんですよ。

ーえぇ!!そんな貴重なお席で、しかも商品を頂きながらのインタビュー、大変恐縮でした。これからも神楽坂人たちの胃袋を支え続けてください。どうもありがとうございました!

実は茶道の師範でもいらして、お店の地下1階では毎月お茶会を催し地域交流に貢献されている加藤正さん。「普通のことが一番大切」とお話され、先代以前より引き継いだ調度品や器を大切に守り伝える姿勢からは、“温故知新”の意味を身を以って教えていただいた気がした東京平版でした。

次回は「神楽坂銘茶 楽山」さんへバトンを繋ぎます。
神楽坂の街の魅力にさらに深く触れられそうな予感がしています。どうぞお楽しみに!

かぐら坂志満金

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