東京平版のBLOG

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もう一つの沖縄をたどる

今年の冬は温度差があり明日は雪模様、

皆様いかがお過ごしでしょうか? 総務部 船橋です。

 

昨年の話になります。私は年一回沖縄旅行をしていますが、

夏しか言ったことがなく・・・

12月友人の結婚パーティがあり冬の沖縄へはじめて行ってきました。

 

いつも海しか行かず、観光は殆ど行かずじまいなのですが、

今回は行きたいと思っていた場所に行ってきました!

沖縄でのアメリカ軍と激しい戦闘を物語る貴重な遺構

「沖縄旧海軍司令豪」です。

 

 

日本で雄一地上戦が行われた沖縄戦の司令部があった場所です。

 

 

 

 

 

 

那覇空港から近い場所にあり、慰霊塔があります。

(写真撮影は了承済です)

  

 

 

 

 

豪に入る前の展示室に、豪内で発見された当時の遺品が展示されていました。

武器が少なくなり、鉄道のレールで槍を作って戦った・・・

言葉がでません・・・

 

 

 

 

 

豪の入り口です。当時は約450mあったと言われています。

コンクリートと杭木で固め米軍の艦砲射撃に耐え、

約4,000人の兵士が収容されていたそうです。

 

 

 

 

 

この時点で少し息苦しいです。ひやっとします。

途中からは人力で掘った生々しい跡が続きます。

資料によると4か月で作られたとありますが、

とても几帳面に作られている印象でした。

 

 

 

 

ここから作戦室、幕寮室などあります。

四角に作られていましたが、予想より狭かったです。

 

 

 

 

 

最後のころになると通路にも兵士がいっぱいになり、

立ったまま睡眠をとる状況だったとのこと。

 

 

 

奥の出入り口から出陣し、

ほとんどの兵士が2度とも戻ってこなかったと語られています。

 

 

 自決した場所、現在も手りゅう弾の弾痕が残っています。

 

 

 

大田司令官が残した 愛唱歌

「大君の御はたのもとに死してこそ人と生まれし甲斐こそありけり」

が鮮やかに残ってます。

 

 

 

出口をにけると正面には青い海と飛行機が飛んでいました。

裏手には展望台があり那覇市内が見渡せます。

過去と現実の違いに複雑な気持ちになりました。

 

終戦から今年で75年。

二度と戦争が起こらないよう願うばかりです。

日本人として尊い命の犠牲があった沖縄戦も忘れないよう強く感じました。

 

ぜひ一度は訪れて、歴史や当時の人達の思いに触れてみて欲しいと思います。

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